「ヤングコミック」で連載されているマンガ『BOX! -パンドラデイズ-』(共に少年画報社)。これは……ページをめくるたびに壁を殴りたくなる破壊力の高い作品だ。よほど嬉しいことがあった時以外、読むのは止めたほうがいいだろう。特に、日曜日夕方の『サザエさん』放映後、あるいは月曜日朝の出勤時間に読めば、自殺してしまいかねない。
物語は、いくつもの部活をかけもちし「ビッチ」を自称する女子大生・桜庭先輩を中心に、さまざまな登場人物が絡むオムニバス形式。第1話に登場するのは、女子高育ちで男に免疫のない新入生・麻宮さんだ。緊張しながら参加した資格取得研で、“サークルの部室”を指す「ボックス」という言葉を「スラングで女性器っていう意味もあるけどね!」と、平然と言い放つ桜庭先輩にドン引きする。そんな麻宮さんだが、イケメンOBの城野から「麻宮さんが気になって」と言われて、一気にぽわわ~ん。経験豊富な桜庭先輩に「入りたての時って先輩はかっこよく見えちゃうもんだしさ」と忠告されても耳を貸さず。しかし、偶然、城野の趣味が「新入生喰い」だと知って、まだ春だというのに、どん底な気分に!
ここまでで16ページくらい。筆者は軽く10回は拳を壁に叩きつけた。ああそうだ、こちらは新入生を喰えなかった側なのだ……と思い出して。本作はフィクションなので、桜庭先輩が城野にちょっと痛い目を見せて、無事に仕返し、めでたしめでたしというエンド。けれど、ここでまた拳を壁に叩きつけたくなる。大学を出てから幾星霜、新入生を喰えなかった俺は……城野のような良い思いをしたヤツらを越えられているのかと……。
くじけずにページをめくっていくが、そのたびに本作は、かつての自分の大学生活を思い出させてくれる。いつになったら! 彼女ができて! セックスできるように! なれるんだ! アパートの壁にもたれて体操座りをしていた日々を! とまあ、なんとか正気を保ちながら読み進めた第4話から登場するのが、映画研究会の三好くんだ。毎日のように、先輩の田崎さんから「虫さされと肉割れ線は最高のスパイスだろ」と、ハイレベルなAV女優のレクチャーを受けている三好くんは、映画を撮りたくて映研に入ったそう。しかし、田崎さんにどんなジャンルの映画が好きか? と問われて、こう答える。
「ロードムービー……」
ここでも、心にぶっとい槍がグサリと刺さってイタい。文系男子なら思い出すはずだ。よくわからないけれど、とりあえず「ピチカート・ファイヴはオシャレ」「カヒミ・カリィの曲はすべて良い」とかホザいていた自分の過去を!
この原稿を書いている現在も、拳が血まみれでリアルに痛いこの作品。秀逸なのは、男女双方の“黒歴史”を思い出させるつくりになっていることだ。オタサーの姫として君臨していたら、自分より“オタサーの姫”スキルの高い新入生に取り巻きのヲタを全部持っていかれてしまった女子、高校時代の腐女子仲間がリア充になって涙を流す女子などなど……。中でも、第7話に登場する軽音部のリンちゃんは、飲み会ではきわどい下ネタでその場を盛り上げて支配することに、自身の存在理由を懸けている女子。いた、こういうヤツはいた。血が出ていないほうの手で数えてみたが、片手に余る以上、いた。だいたいこういう女子は、まず“部長の女”となって、部長が卒業したら、また次の存在価値がありそうな男子に――と、まったく無自覚に乗り換えているわけだが。本作では、「童貞」をテーマにバンドをやっているという、妙な設定の宇梶さん(ライブは満員の人気バンドのボーカルだが、見た目はキモヲタ)に諭されて正気に戻ってしまう。
とにかくイタい、リアルにイタい、この作品。なのに作者の佐伯氏は、あくまでゆるふわに“黒歴史”を描くことを追究し、登場キャラクターを破滅させず、救済するストーリーに仕上げる。なんとうまいストーリーの組み立て方。そのため、カタルシスで昇華されないというもやもや感が、余計に拳を壁に叩きつけさせる。ちくしょう! とりあえず、Facebookであの頃よろしくやってた同級生を見つけて、ヤツらが人生で落ち目になっていたら爆笑してやる。
(文/是枝 了以)