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富士登山その昔② : 石丸謙二郎
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富士登山その昔②
富士登山その昔②_e0077899_19453400.jpg
                      《二子山

 富士山には、33才の時に一度登っている。
自ら登りたかったのではない。
当時70才の父親が、
「富士山に登る!」
と一念発起したらしく、妻を従えて東京在住のけんじろう君の、
アパートへ押しかけてきたのである。
 ならばと、押し入れからキスリングというザックを引っ張り出し、
中古の車で河口湖のルートの5合目までやってきた。
当時は、五合目まで、マイカーで行けた。
いまから37年前のことである。

70才と62才の二人を登らせるにはどうしたらよいか?
(ふたりとも登山経験ほとんどなし)
考えた末、杖以外何も持たずに登らせよう。
ところが、形にコダワル父親が、どうしてもリュックを背負いたいと、
駄々をこねる。
仕方ない。
子供用のリュックを二つ用意し、その中に、
風船をいくつも膨らませて入れた。
見た目には、かなり重いリュックに感じられる。
気を良くしたらしく、ふたりはその後、おろしたらバレるリュックを、
背負い、川口湖登山口で、柏手を打っていた。

計画では、7合5尺の小屋で一泊し、山頂を目指す。
思いのほか二人の足どりは軽く、宿泊小屋まで来た。
受付を済ませ、夕食となる。
当時の山小屋は、大きな声では言えないが、
非常にお粗末であった。
ある意味仕方ない事情もあったようで、
修験者の仮の宿というべき施設状況。
まず、トイレが100年前に遡った趣であり、
夕食は、お弁当。
それも、稀に見る日の丸弁当に毛の生えたモノ。

まあ、それはそれで仕方ない。
食い物に文句を言う状況ではない、
ところが、寝る場所が、狭かった。
《蚕棚(かいこだな)》と呼ばれる人間の横並びである。
2階建ての蚕だなが並んでいた。
幅は肩幅。
そこに押し込められた父親。
しばらくは、ジッと耐えていたが、小一時間した頃、
突然、怒り出した。
 「ふざけるな!」

父親は、狭さを怒っているのではなかった。
ある状況とソックリな寝所に怒りを感じたのである。
実は父親は、終戦後4年半、シベリアに抑留された人である。
マイナス20~50℃の中で、ラーゲリという宿泊施設にいた。
そこは、上下二段になった蚕棚になっており、
寒さと飢えで、毎日のように隣りに寝ている人が、
冷たくなっていった。
食べるモノは、一日にパン一枚と具のないスープ一杯。
連日、フファイカという外套だけで、吹雪の中12時間労働。
鉄道を作らされた。
楽しみは、一枚のパンと、眠ることだけ。
その眠る場所が、寝返りさえ打てないような狭さ。

富士山の山の中で、40年前の記憶が、
まざまざと蘇ったのである。
「ふざけるな!」
父親の怒りは、山小屋に対してではなく、
戦争に対する情けないような怒りであった。
怒りを爆発させそうな父親を寝床から引っ張り出し、
食堂へ向かい、日本酒を呑むことになった。
とはいえ、標高3000mの山の上。
酔いは早いし、クラクラする。
そこで、山小屋の人に事情を話してみた。
「70才で登ってきたんです。あそこに広くあいている場所は、
次々に登って来る方の為に、あけてある寝床ですよネ。
その方たちが来るまでで構わないので、
父親だけ、手足を伸ばして寝かせて貰えませんか?」

こころ優しき小屋主さんのおかげで、
父親はそこで朝を迎えることができた。

翌日、ご来光を小屋前で浴び、
山頂に向けて出発!
高山病にもなることもなく、山頂つまり、剣が峰にたどり着いた。
その頃には、気象観測レーダーの、
いわゆる富士山ドームは撤去された後だった。
そして、神社に行くと、70才以上の登頂者には、
扇子が与えられたのである。
父親の喜ばんことか!
帰りは、須走コース。
ザラザラの火山砂を大股で走るように降りる。
あまりにも面白く、富士山の記憶の大半が、コレ!
(実は、この富士登山の前にも後にもお馬鹿な顛末が、
あるのだが、またの機会にいたしましょう、
でないと先に進めな~い)
富士登山その昔②_e0077899_19455145.jpg
    大勢の自衛隊員の登る姿が


by ishimaru_ken | 2023-08-12 05:44 | 昔々おバカな話
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石丸謙二郎
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