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第34回 エヴァ雑記「第壱話 使徒、襲来」
『新世紀エヴァンゲリオン』については、放映開始前からのお付き合いだ。GAINAXで『逆シャア』の同人誌を作りながら庵野秀明監督が作業をするのを脇に見て、へえ、次はロボットものをやるんだ、なんて思っていた。庵野さん自身も覚えていないだろうけど、制作準備中に「小黒君、脚本を書きたいなら書かせてあげるよ」と云ってもらったのだが、勿体ない事に「お手伝いはしてもいいですけれど、脚本はちょっと……」とお断りしてしまった。庵野さんの作品に対する本気っぷりは知っていたので、自分ではついていけないだろうと判断したのだ。事実、放映が始まり、作品のテンションがビンビンに上がっていくのを観て、ああ、脚本を断ってよかったと何度も思った。脚本は書かなかったけれど、結局『エヴァ』には深く関わる事になる。
最初の数話は、アフレコを見学に行った。資料に依れば「第壱話 使徒、襲来」のアフレコが行われたのが1995年3月27日。放映開始の半年前である。第壱話アフレコで印象的だったのは、三石琴乃の芝居だ。アフレコは最初にラッシュを見て、次がテスト、ラステス(ラストテスト)、本番と進むのだが、確か三石さんは第壱話のアフレコでは、テスト、ラステスで、生身感を出したリアル寄りの芝居をしており、本人も納得していないようで、演りながら首を傾げていた。それが本番でいきなり、月野うさぎ寄りのちょっと甘い感じの芝居になったのだ。音響監督の指示で変えたわけではない。彼女自身の判断であり、その思い切りのよい切り替えは、実に鮮やかだった。後にミサトのキャラクターが掘り下げられ、生身の部分が強調されていく事を考えれば、三石さんの芝居は正解だったのだろう。
第壱話のアフレコで、他に覚えているのは『ふしぎの海のナディア』でガーゴイルを演じた清川元夢さんと庵野さんの感動的な再会。第壱話の映像を見た役者さんの反応がよかった事。アフレコの前説で田中英行音響監督が「これは『新世紀エヴァンゲリオン』というオリジナルビデオで……」と云ってしまい、庵野さんが慌てて「TVです」と訂正した事等々。
AパートとBパートの間の休憩に、録音スタジオのトイレで用を足しながら、庵野さんとミサトの芝居について話をしたのを覚えている。初期のアフレコは毎週あったわけではない。制作の都合で、アフレコをやったのは、第壱話、第弐話、第伍話、第六話、第参話、第四話の順だった。現場はすでに大変だったのだろうけど、僕にとっての『エヴァ』のスタートは、なにやら呑気なものだった。
音付きの『エヴァ』を最初に観たのが、1995年7月22日に茨城の潮来ホテルで行われたイベント「ガイナ祭95」だった。この時には第壱話と第弐話を上映。アフレコの時にも思ったけれど、第壱話や第弐話についての最初の印象は「普通のロボットアニメ」だった。勿論、GAINAXらしく凝っているところは沢山あるし、第弐話のトリッキーな構成は新鮮だった。第壱話のEVA発進や、ゲンドウの「その為のネルフです」のキメ方などは格好いいのだけど、庵野さんならこのくらいはやって当然だろうと思った。第壱話Aパート最後でジオフロントが見えた時のBGMなど、あまりにヒーローものの定番的な選曲だったので苦笑してしまった。スタンダードなロボットもの、ヒーローものに、現代的なエッセンスを振り掛けていくのかなと思った。それが大間違いである事は次第に分かっていく。
改めて観返すと、第壱話は、後のエピードと随分とノリが違っている。会話の間合いまで違うのではないか。エントリープラグにL.C.Lが注入されたところで、呼吸を止めたシンジの顔が風船みたいに膨れる描写、あるいは愛車アルピーヌ ルノーA310(改)が破損した事について、ミサトが「しっかし、もおサイテー。せっかくレストアしたばっかしだったのに……(中略)トホホ〜」とモノローグを云うのも(しかも、モノローグを云っている間は背景が黒ベタになる!)、後の『エヴァ』だったら、やらないだろう。
シンジが、ゲンドウに初号機に乗れと云われる場面で、ネルフの作業員が仕事の手を休めて、2人のやりとりを観つめる描写が2カットある。同シーンで使われているBGMの効果もあり、作業員達はシンジに対して同情的な態度をとっているように見える(コンテでは、さらにもう1カットある)。この2カットに違和感を感じるのは、シンジとゲンドウの関係に対して、第三者の目線を入れているからだ。ウェットさも、らしくない。第壱話の段階では、まだ普通のアニメだ。
内容的にも、色々と思うところがある。例えば、第壱話ラストで初号機で出撃した事について、冬月が「碇、本当にこれでいいんだな」とゲンドウに念を押す。当時は、息子であるシンジを出撃させていいのか? という問いなのかと思ったが、今なら、ユイの魂が入っている初号機を戦闘に使っていいのか? の意味にもとれる。あるいは、初めて逢うシンジにミサトが自分で送った写真(胸の谷間に矢印を引いて「ここに注目」と書いてあるやつ)は、彼女にしては相当頑張った自己アピールだったんだよなあ、と思ったり。
シンジは第3新東京市を訪れた時、綾波レイに似た少女を一瞬、目撃する。第壱話の段階で、すでに綾波レイはケガをして包帯を巻かれた姿になっているのだから、彼が目撃した少女が綾波レイであるはずがない。第壱話を観た時には、雰囲気を出す為の演出だろうと思った。そして、後に劇場作品として公開された「第26話 まごころを、君に」で、ようやくあの描写 の意味が分かり、「なるほど、そうか」と膝を叩いた。シンジは物語が始まった時から、母に見守られていたのだ。
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■第35回 エヴァ雑記「第弐話 見知らぬ、天井」に続く
(06.05.18)
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