デジタル大辞泉 「適応」の意味・読み・例文・類語
てき‐おう【適応】
1 その場の状態・条件などによくあてはまること。「事態に
2 生物が環境に応じて形態や生理的な性質、習性などを長年月の間に適するように変化させる現象。
3 人間が、外部の環境に適するように行動や意識を変えていくこと。「
[類語]適合・該当・相当・即応・順応・対応・照応・慣らす・等しい・同然・同断・同様・一緒・符合・合致・一致・
生物のもつ形態、生理、行動などの諸性質が、その環境のもとで生活していくのに都合よくできていること、または、そのような状態に変化していく過程をいう。しかし、ある生物が適応しているといえる状態にあるからといって、その生物が生活上の目的にもっとも適した様式を採用しているとは限らない。また、ある形質が単に生活上適しているからといって、それが適応であるとは限らない。これは、自然選択(自然淘汰(とうた))の結果として生物が獲得した産物に対して適応ということばを用いるのが現在の生物学の慣例だからである。
[遠藤知二・河田雅圭]
かつては、生物のもつ合目的的(目的にかなう)な性質自体が超越者としての神の存在を示すものと考えられていた。「ペイリーの時計」として周知のところだが、時を刻むという目的をもった複雑な機械である時計の背後にはそれをつくった時計匠がいるように、合目的性を備えた複雑な器官を有する生物の背後にはそれをつくった神がいるはずだというわけである。
そうした目的論(テレオロジー)的説明に対して、生物の合目的性の由来を自然選択で説明しようとする「適応の科学」はテレオノミーとよばれ、現代生物学の全領域にわたる根幹的な概念装置となっている。適応の科学は、まず自然選択がどのように働くかを調べることによって成立する。生物がかならずしも最適な状態にあるといえないのは、自然選択が、同じ繁殖集団内の相対的適応度に対して作用するからである。つまり、ほかの繁殖集団中の個体のもつ性質に比べてより適しているとはいえなくても、同じ集団内のほかの個体に比べて有利である性質は、自然選択によって集団中に広まり、適応しているとみなされる。
[遠藤知二・河田雅圭]
生物のもつ形質には、それをもつことが、その「個体」の生存や繁殖に有利(利己的個体による適応観)だと簡単にいえない場合もある。ショウジョウバエのSD遺伝子は、減数分裂時にSDをもたない相同染色体に影響を与えて、SDをもたない精子の分離比に自らが多くなるようなひずみを生じさせる。そのことによって、SD遺伝子は選択上有利になるが、SD遺伝子をもつ「個体」は形成される配偶子の数が減少するため不利益を被る。つまり、SD遺伝子は個体の観点からはいわば無法者であるにもかかわらず、個体群中に広がりうる。このことは自然選択の働く単位が遺伝子であることを示しており、適応が何かにとっての善だとすればそれは遺伝子にとってであるとする、利己的遺伝子による適応観の論拠となっている。一般には、遺伝子は個体の繁殖を通じて広がるので、この二つの適応観は矛盾しないことが多いと予想される。
また、個体のもつ性質が、その個体の属する集団(個体群や種)の存続を有利にするようにみえる(利他的個体による適応観)こともある。しかし、集団を単位として自然選択が働くことも理論的にはありうるとしても、個体ないしは遺伝子の観点からの適応として理解することが可能である。たとえば、縄張り(テリトリー)をもつ動物では、個体数の増加が制限され、このことが個体群の絶滅を防ぐという機能(個体群レベルでの適応)をもつとみなされがちである。しかし、縄張りは、個体が自らの資源を確保するのに有利なために進化してきたものと考えれば、個体数の制限という現象は、その付随的結果であり、適応とはみなされない。
一方、生物のもつ形質を厳密に自然選択の結果できた適応的なものとして説明するのはしばしば困難が付きまとうし、形質のなかには適応的には中立なものも多いだろう。生物の示す複雑なパターンに、適応的な意味をみいだそうとする試みは、新しい発見をもたらすうえで価値があるが、検証のむずかしい適応的解釈を生むことも否めない。実際には、生物がいかなる拘束のもとで物理的・生物的環境の与える問題を解決しているかを探ることが、適応の科学のあり方といえる。
[遠藤知二・河田雅圭]
環境からの働きかけに生活体がこたえるだけでなく、生活体の側からの諸欲求も充足されている関係をさす。しかし現実的には生活体の欲求がつねに充足されるとは限らない。欲求が阻止されると生活体はフラストレーション(欲求不満)状態に置かれる。したがって狭義には、適応はフラストレーションを解消する過程であり、その努力であるといえる。
適応の過程は、(1)動機(欲求が目標への行動を惹起(じゃっき)する)、(2)障害(妨害され行動が行き詰まる)、(3)反応(妨害に対する問題解決の試み)、(4)緊張の解消(目標への解決方法が発見され満足する)、の四つのサイクルで説明される。また適応は順応と区別され、とくに社会的順応とよばれる。順応が環境の変化に伴って生活体自身が変容する生物・生理的意味が強いのに対して、適応は生活体が環境に対して働きかけることによる社会・行動的側面が強調される。
[織田正美]
『波多野完治著『適応理論』(『現代教育心理学大系11』所収・1957・中山書店)』▽『戸川行男著『適応と欲求』(1956・金子書房)』
〈適応とは生物がその環境にたいして適合している状態をいう〉といった定義がよくみられる。これでは適応を適合に置き換えたにすぎないのだが,それ以上にわかりやすく適応を説明するのは難しい。こうしたあいまいさにもかかわらず,適応の概念は生物研究の重要な方法論的根拠となっている。いくつかの実例をあげて,適応とは何かを考えてみよう。
哺乳類の足は,本来歩行のための器官であるが,種によってさまざまに変形し,異なった機能を遂行するのに適している。シマウマやレイヨウ類の細長くてひづめをそなえた足は,草原を疾走するのに適しているし,物を握れるサル類の足は,樹上生活に適している。土中にトンネルを掘るモグラの足はパワーショベルのようであり,水中に餌を追い求めるアザラシやイルカの足は魚のひれに似ている。夜空を飛びまわって昆虫を捕らえるコウモリの羽が前足の変形であることはいうまでもない。このような形態変化の系列を眺めると,それぞれの動物の生きざまによく適した構造が,進化の過程で形成されたことを容易に想像できるであろう。
地球上にはいろいろな生物がいるが,種によってそれぞれ固有の生活様式があり,彼らが生態系の中で一定の地位を占め,生存していくために不可欠の条件となっている。生活様式とは,どこにすみ,いつ活動し,何を食い,生物的・無生物的な環境の圧力にどんな手段で対抗し,最後にどのようにして生殖し子孫を残すか,といういわば生まれてから死ぬまでの生活のあり方のすべてである。このような生活のいろいろな側面を能率よく遂行するのにつごうのよい特徴をそなえていることを,適応といえないだろうか。上記の足の形態と生活様式の関連が,その例である。
もちろん適応は形態にかぎられた現象ではない。行動・生理・生態的な性質にも見られる。昆虫は変温動物であるから,運動や発育の速度は原則的には温度の関数として変化し,気温があるところまで下がると活動できなくなる。この限界温度には種によってかなりの差異があり,5~10℃の範囲にあるのがふつうだが,寒地にすむ種や寒季に活動する種では,もっと低い場合がある。真冬に雪上に現れるクモガタガガンボは氷点下でも動きまわり,交尾する。他方,温泉にすむユスリカの仲間の幼虫は,50℃でも発育できる。ふつうの昆虫ならばこんな高温では発育どころか,生きていることすらできない。極端な温度にたいする耐性には,このように生息環境を反映した差異がある。生存の前提となるこうした生理的特性も,適応といえるのではないか。
環境との結びつきは,同種内の変異にも見られる。エンマコオロギは日本列島では北海道から種子島・屋久島までの広い範囲に分布していて,秋に成虫になって鳴く大型のコオロギである。いろいろな土地のものを同じ温度で飼うと,北のものほど成虫になるのが早く,幼虫期の長さと原産地の緯度との間には反比例的な関係がある。だから夏が涼しく短い地方でも,暑い地方とおなじように冬の前に成虫になり,一定の生活史を維持して生存できるのである。このように同種内においても,生息環境の差異に並行して生理的な性質が変異し,広い地域内での生存が可能になっている状態も,適応といえるだろう。
適応の実例は無数にある。動物たちの多様な色彩や形態の多くは,捕食者にたいする防御手段として機能し,一般に保護色,警告色,擬態などとしてよく知られている。海岸砂丘にすむ小型のコオロギ,ハマスズは,砂の色調に完全にまぎれこむみごとな保護色である。背景となる砂漠が黒ずんだ場所ではその体色も暗く,白っぽい砂漠では体色も明るい。場所によるこの差異は遺伝的であって,保護色による適応が自然淘汰の結果であることを示唆している。
このように生物たちのいろいろな形質の生存上の機能を考えてみると,それらの多くのものが適応と関連していて,適応は生存の同義語になり,固有の意味を失ってしまう。それなのに生物学者がこのことばをしばしば使うのはなぜか。それは生物が合目的性によって無生物と区別されるからではなかろうか。生物は無生物とちがって,増殖して世代を継続しなければ永続的に存在しえない。永続を可能にする形態・機能が自然淘汰によって維持されあるいは進化していくか,それとも絶滅するかのどちらかである。この視点から生物の形質を眺め,またその存在理由や形成の過程を説明する根拠となるのが適応の概念なのである。適応を評価する絶対的な尺度はない。対立形質との比較による相対評価しかできない。集団遺伝学においては,遺伝子の適応価が,ある世代から次の世代への相対頻度の変化で規定されているが,これは適応の相対性を明確に表現したものといえよう。
執筆者:正木 進三
精神医学用語。個人と環境が調和した関係を保つことをいう。つまり,家庭,学校,職場などの社会的環境の要請に応じながら,個人の欲求をも満足させる関係をいう。適応には,社会,文化的基準を守り,他人と協調することにより他人から容認され,人間関係のなかで安定を得ようとする外的適応と,主観的に自己を受容し,精神内界の安定を得ることによって環境に適合しようとする内的適応とがある。個人は環境に適合する行動を学習したり,欲求を満足させるために環境に働きかけてそれを変化させる努力をしたりするが,それを適応行動という。欲求は必ずしも満足されるとは限らず,欲求不満(フラストレーションfrustration)のため緊張の高まることもあるし,相反する二つの欲求,つまり葛藤のため不安の生ずることもある。この緊張や不安解消のため,防衛機制または適応機制と呼ばれる無意識的な心理機制が働くとされるが,神経症はこの緊張や不安の処理が不適切なために発症すると考えられた。外的適応または内的適応がうまくいかない場合を適応障害または不適応と呼び,それには一過性の場合と持続的な場合,環境要因の強い場合と人格要因の強い場合とがある。
執筆者:臼井 宏+野上 芳美
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…しかしこれをどのようにせばめるか,どのように定義するかについては,現在のところ一致した見解があるわけではない。
[適応体系としての文化]
その中の一つは,文化を自然環境に対する適応の体系として見る見方である。主として猿人類から新人類にいたる文化の発展を研究する立場に立つ人々と,文化を生態学的に研究する立場に立つ人々がこの見方をとり,文化を,生態学的に有用で,社会的に伝達される行動様式としてみ,文化の変化を適応の過程と見る。…
…一次求心繊維の放電頻度の時間経過をみると,一定の大きさの刺激を持続的に与えているにもかかわらず,しだいに低下してくる。この現象を順応adaptationという。これに相当する現象はすでに受容器電位(または起動電位)にも起こっていることが確かめられている(図2)。…
…チャップリン,ロイド,キートンらの喜劇も最初はシナリオを使わず,むしろギャグのアイデアを書くだけのもので,シナリオライターというよりはいわゆるギャグマンあるいはギャグライターにすぎなかった(例えばフランク・キャプラ監督はハリー・ラングドンの喜劇のギャグマンから出発した)。しかし,映画が長尺になり,劇的な内容をもつに従がって,シーンを順に追ってストーリーを構成するシナリオの重要性が認識され,やがて映画製作の職能的分業化が進み,さらに〈文芸作品〉の映画化が盛んになるにつれて〈adaptation〉(脚色,アダプテーション,すなわち映画向きに改作すること)が映画製作の出発点になり,脚本は絶対必要条件として主要な撮影所には〈脚本部〉が設置され,シナリオの理論的探究も始まった。トーキーの時代を迎えると,サイレント映画の字幕に代わる台詞(dialogue)の問題が生じ,劇作家や小説家が映画のシナリオに参加するようになり,シナリオの重要性が改めて強調されたが,そのために,いきおいせりふが多くなって,サイレント時代に完成された純粋に視覚的な映画演出の基盤がくずれ,映像よりもことばに頼る傾向が強くなり,〈映画芸術〉の発達を遅らせる結果になったことも事実である。…
…たとえばメダカなどの淡水魚が徐々に塩水になれて,最終的に海水でも生活できるようになる塩分順応,高温や低温で飼育された動物が,それぞれ高温や低温に強くなる温度順応,空気の希薄な高地に数日~数週間滞在すると血中ヘモグロビンが増加し,肺や心臓の機能が調整されて平常に近い活動ができるようになる高度順応など,さまざまの環境要因にたいする順応がある。一般には非遺伝的な適応adaptation現象であって多くは可逆的変化である。実験的に特定の環境条件を変化させたときに生じる順応(順化)acclimationにたいして,季節や地理的条件などの違いによる自然環境下でみられる順応を気候順化acclimatizationという。…
…馴化とも書く。広い意味では環境への適応あるいは順応と同義で用いられる場合もあるが,ふつう生物学用語としては,適応がかなり長い時間経過の間に,形態や生理が変化し固定されることをいうのに対して,順化は,せいぜい数週間以内で生理機能を環境にうまく合わせることをいう。環境に対する生体の反応は時間の短いほうから順に,反応―順応―順化―適応というが,互いに重なり合った概念でもあり,あいまいな使われ方をする場合が多い。…
…たとえばメダカなどの淡水魚が徐々に塩水になれて,最終的に海水でも生活できるようになる塩分順応,高温や低温で飼育された動物が,それぞれ高温や低温に強くなる温度順応,空気の希薄な高地に数日~数週間滞在すると血中ヘモグロビンが増加し,肺や心臓の機能が調整されて平常に近い活動ができるようになる高度順応など,さまざまの環境要因にたいする順応がある。一般には非遺伝的な適応adaptation現象であって多くは可逆的変化である。実験的に特定の環境条件を変化させたときに生じる順応(順化)acclimationにたいして,季節や地理的条件などの違いによる自然環境下でみられる順応を気候順化acclimatizationという。…
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