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松江重頼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

松江 重頼(まつえ しげより、1602年慶長7年) - 1680年7月24日延宝8年6月29日))は、江戸時代初期の俳人。松江氏。通称は大文字屋治右衛門、別号俳号)は維舟、江翁[1]

経歴

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京都の裕福な撰糸商人で、少年の頃より連歌里村昌琢に学んだ[1]西山宗因とは同門である[1]1629年(寛永6年)頃から、松永貞徳野々口親重(立圃)と俳諧選集の編集を始めるが、意見の相違から、1633年(寛永10年)に重頼単独で全17巻で5冊からなる『犬子集』(えのこしゅう)を刊行した[1]。以後、一門の地盤を京都から大坂の堺に移し、1645年(寛永21年)には『毛吹草』を刊行した[1]

1660年万治3年)の撰集『懐子』(ふところご)以降、和歌や漢詩や謡曲などの本歌をもじる手法を徹底して推し進め、その傾向は『佐夜中山集』(1664年寛文4年))『時勢粧』(1668年(寛文8年))『大井川』『武蔵野』『名取川』と終生変わらなかった[1]

代表句

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  • 花は芳野伽藍一(ひとつ)を木の間哉
  • 順礼の棒計行(ぼうばかりゆく)夏野かな[2]

脚注

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  1. ^ a b c d e f 岡本勝雲英末雄『新版近世文学研究事典』おうふう、2006年2月、332頁。 
  2. ^ 『近世秀句』 皆吉爽雨(著)春秋社

参考文献

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