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要法寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
京都要法寺から転送)
要法寺

本堂と鐘楼
所在地 京都府京都市左京区新高倉通孫橋上ル法皇寺町448
位置 北緯35度0分37.6秒 東経135度46分37.7秒 / 北緯35.010444度 東経135.777139度 / 35.010444; 135.777139
山号 多宝富士山
宗派 日蓮本宗
寺格 大本山
本尊 十界曼荼羅
創建年 延慶元年(1308年
開山 日尊
文化財 金銅蓮華唐草文透彫経箱(重要文化財
法人番号 4130005002272 ウィキデータを編集
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要法寺(ようぼうじ)は、京都市左京区にある日蓮本宗大本山寺院山号は多宝富士山。本尊十界曼荼羅日興の法脈を継承する富士門流に属し、静岡県駿東地方に分布する富士五山や、保田妙本寺伊豆実成寺とともに、同門流興門八本山を構成している。

概要

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開山は日尊で京都に法華堂を建立したのに始まる。その後、日辰により上行院と住本寺を統合して要法寺が建立された。日蓮本宗は、宗祖日蓮、二祖日興、三祖日目、日尊は日蓮本宗第4代である。市街地の中に1万3500平方mの境内をもち、歴史ある建築が並ぶ。墓地には藤原真夏を祖とする日野家及びその支流である外山家の墓碑がある。

歴史

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諸国を遍歴していた日尊が、延慶元年(1308年)に京に法華堂を開いた。これが当寺の始まりであるという。正慶2年/元弘3年(1333年)の春、日尊は師の日目に随って天奏(天皇に仏法を説くこと)にのぞむこととなり京に向かっていたが、その途中美濃国垂井で日目が遷化した。しかし、日尊は師の意志を継いで入洛を行い、翌元弘4年/建武元年(1334年)の春に後醍醐天皇に天奏を行った。その功績によって皇室より六角油小路に寺地を寄進され、延元元年/建武3年(1336年)に日尊は六角油小路に法華堂を開いている。これが後の上行院である。興国3年(1342年)10月13日、日尊は会津の実成寺から弟子の日印を招いて上行院を授けている。

興国6年(1346年)5月8日、六角上行院の開山である(要法寺4代)太夫阿日尊が81歳で寂す。

正平17年(1362年)に日尊のもうひとりの弟子・日大が、冷泉西洞院に法華堂を建立する。これが後の住本寺である。上行院と住本寺は同じく日尊の弟子が住職を務めたが、当初から犬猿の仲であったとされる。

天文5年(1536年)に、比叡山延暦寺によって行われた天文法乱により、上行院や住本寺を始めとする法華宗の21本山が焼き討ちされて全焼した。法華宗徒は京を追われへ避難した。

しかし、天文17年(1548年)に法華宗徒の京への帰洛が許されると、それぞれ焼失した寺院の再建に取り掛かっている。この際、住本寺の広蔵院日辰が上行院と住本寺を統合することを提案して新寺法条目15個条を定めて新たな寺院を建てることとなり、天文19年(1550年)に五条坊門堀川に要法寺が建立された。その功績によって日辰が住職を務める。

豊臣秀吉の命により、天正19年(1591年)に京極二条東(現・寺町二条)に移転する。

江戸時代中期の宝永5年(1708年)に宝永の大火で焼失し、宝暦9年(1759年)にも火事の被害にあっている。

天明3年(1783年)に要法寺末寺の岐阜の寺院が仏像を撤廃した。こうした動きから寛政7年(1795年)に名古屋本圀寺末寺の寺院によって、要法寺は「新義異流」であるとして江戸幕府に告発された(寛政法難)。しかし、寛政9年(1797年)に要法寺側は新義にあらず富士門流の立義であると主張したが、同じ富士門流である大石寺側は「富士の立義、教式は要法寺とは無関係」と答申している。文化4年(1807年)に京の法華宗15本山側と仏像の安置を条件として最終的に合意して落ち着いた。

1876年明治9年)に、末寺84ヶ寺とともに富士門流の統一教団日蓮宗興門派の結成に参加した。1899年(明治32年)に日蓮宗興門派は本門宗に改称する。

1915年大正4年)、要法寺は再び仏像を撤廃した。

1941年昭和16年)に本門宗は一致派日蓮宗勝劣派顕本法華宗とともに三派合同を行い、新たに日蓮宗を結成した。本門宗の本山・末寺は日蓮宗の内部で本門宗の前管長由比日光を会長として興統法縁会を結成している。

1950年(昭和25年)12月、要法寺は旧末寺50ヶ寺とともに日蓮宗から独立し、日蓮本宗を結成するが、旧末寺34ヶ寺は日蓮宗に残留した。うち島根県内の旧末寺20数ヶ寺は興統法縁会島根尊門会を組織している。

歴代住職

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日号 阿闍梨号・院号 御遷化年月日 享年 備考
宗祖 日蓮 弘安5年10月13日(1282年 61歳 武蔵・池上にて御入滅
2祖 日興 白蓮阿闍梨 元弘3年2月7日(1333年)南朝

正慶2年2月7日(1333年)北朝

88歳 上条大石寺建立

北山本門寺建立

3祖 日目 新田卿阿闍梨 元弘3年11月15日(1333年)南朝

正慶2年11月15日(1333年)北朝

74歳 美濃・垂井にて御遷化
4祖 日尊 大夫阿闍梨 興国6年5月8日(1345年)南朝

康永4年5月8日(1345年)北朝

81歳 本山御開山

36箇寺建立

5祖 日尹

上行院5代

葦名阿闍梨 文中2年4月27日(1373年)南朝

応安6年4月27日(1373年)北朝

岩代・妙蔵寺開基。
日大

住本寺5代

畠山阿闍梨 正平24年2月12日(1369年)南朝

応安2年2月12日(1369年)北朝

61歳 山城・住本寺

出雲・妙傳寺開山

出雲・多寶寺、中林寺、本壽寺、本覺寺、妙福寺開基

出雲・安養寺2代

6祖 日圓

上行院6代

宰相阿闍梨

是妙院

正平9年11月26日(1354年)南朝

文和3年11月26日(1354年)北朝

岩代・蓮昌寺開山
日源

住本寺6代

本是院 応永9年6月10日(1402年 岩代・東榮寺3代

岩代・妙泉寺開基

出雲・安養寺3代

7祖 日從

上行院7代

近江阿闍梨 正平6年2月4日(1351年)南朝

観応2年12月4日(1351年)北朝

日元

住本寺7代

壽量院 応永27年7月18日(1420年 岩代・東榮寺4代
8祖 日得

上行院8代

京極阿闍梨 建徳元年11月13日(1370年)南朝

応安3年11月13日(1370年)北朝

日長

住本寺8代

法性院 応永28年3月21日(1421年 山城・法性院開基
9祖 日嚴

上行院9代

蓮妙阿闍梨 正平22年4月18日(1367年)南朝

貞治6年4月18日(1367年)北朝

山城・實成院開基

岩代・東榮寺2代

日襌

住本寺9代

本源院 宝徳2年1月12日(1450年 出雲・妙傳寺5代
10祖 日遵

上行院10代

河内阿闍梨 天文4年8月7日(1535年
日廣

住本寺10代

蓮乗阿闍梨 長享元年1月28日(1487年
11祖 日法

住本寺11代

堀川阿闍梨 永正13年1月28日(1516年 75歳 山城・本経寺開基
12祖 日在

住本寺12代

西京阿闍梨 弘治元年10月25日(1555年 80歳 天文法華の乱

上行院・住本寺合併

13祖 日辰 広蔵院 天正4年12月15日(1576年 69歳 本山中興の祖

山城・妙種院開基

14祖 日賙 実蔵院 慶長13年2月16日(1608年 63歳 山城・慧光院開基
15祖 日性 円智院 慶長19年2月26日(1614年 61歳 山城・本地院

河内・本性寺開基

16祖 日恩 大雄院 寛永6年11月23日(1629年 78歳 河内・住本寺開基
17祖 日堯 実成院 元和6年6月26日(1620年 56歳 摂津・本成寺開基

摂津・蓮興寺2代

安芸・長遠寺開山

18祖 日陽 本寿院 寛永15年6月9日(1638年 67歳 出雲・妙傳寺13代
19祖 日成 智見院 寛永17年6月21日(1640年 71歳
20祖 日瑤 慧光院 寛永16年12月18日(1639年 60歳 山城・慧光院2代
21祖 日體 真如院 慶安4年11月14日(1651年 67濟 山城・眞如院開基

山城・本経寺11代

佐渡・本典寺開基

佐渡・本行寺開基

22祖 日祐 本地院 寛文2年12月7日(1662年 60歳 山城・本地院3代
23祖 日詮 妙種院 延宝6年8月25日(1678年 67歳
24祖 日饒 知三阿闍梨 貞享4年11月21日(1687年 64歳 山城・妙種院4代
25祖 日舒 随進院 正徳2年6月26日(1712年 67歳 岩代・本法寺11代
26祖 日眷 本住院 享保12年3月25日(1727年
27祖 日奠 出雲阿闍梨 寛延3年6月22日(1750年 67歳 山城・本地院7代
28祖 日全 豊前阿闍梨 宝歴12年8月9日(1762年 57歳 山城・本地院9代
29祖 日慈 蓮昌院 安永3年8月23日(1774年 62歳 摂津・本性寺8代

山城・本地院11代

30祖 日良 和泉阿闍梨 寛政3年6月19日(1791年 66歳 摂津・三国正福寺10代

山城・本地院13代

山城・妙種院13代

31祖 日住 本行阿闍梨 享和2年3月18日(1802年 67歳 山城・本行院7代

摂津・本性寺11代

32祖 日立 安住阿闍梨 文化8年7月22日(1811年 60歳 丹後・常徳寺16代

山城・本地院18代

33祖 日勝 摂津阿闍梨 文化7年5月17日(1810年 山城・妙種院15代
34祖 日啁 肥後阿闍梨 弘化2年5月1日(1845年 75歳 山城・眞如院3代

摂津・蓮興寺19代

35祖 日庸 本蓮阿闍梨 天保6年12月3日(1835年 50歳 山城・本行院17代

美濃・大雲寺15代

出雲・妙蔵寺14代

36祖 日惠 立本阿闍梨 弘化3年5月12日(1846年 山城・妙種院16代

摂津・蓮興寺20代

37祖 日愿 原河阿闍梨 安政元年9月11日(1854年 山城・眞如院5代

摂津・蓮興寺21代

38祖 日生 朝山阿闍梨 慶応3年3月25日(1867年 51歳 摂津・三国正福寺18代

出雲・慈眼寺18代

39祖 日進 精行阿闍梨 明治21年7月26日(1888年 73歳 丹後・常徳寺22代
40祖 日貫 顕本阿闍梨 明治21年4月21日(1888年) 68歳 高橋氏

山城・顕壽院13代

丹後・常徳寺23代

岩代・本法寺27代

41祖 日周 安祥院 明治17年3月10日(1884年 57歳 葦名氏

伊豆・柳瀬實成寺35代

山城・本行院26代

42祖 日守 円興院 明治39年4月8日(1906年 65歳 驥尾氏
43祖 日珠 智見院 大正8年10月1日(1919年 76歳 坂本氏

出雲・妙傳寺30代

44祖 日海 妙高院 明治41年8月21日(1908年 79歳 中田氏

石見・法蔵寺30代

山城・妙種院22代

45祖 日濟 霊泉院 大正13年10月16日(1924年 61歳 瀬島氏

羽前・慧光院初代

山城・本行院30代

出雲・妙傳寺31代

46祖 日正 霊泉阿闍梨 昭和17年3月3日(1942年 76歳 竹部氏

羽前・慧光院2代

山城・本行院35代

47世(加歴) 日志 智傳院 明治15年7月25日(1882年 50歳 玉野氏
48世(加歴) 日言 宣承院 明治41年3月3日(1908年 61歳 河瀬氏

出雲・妙蓮寺20代

49世(加歴) 日義 山城阿闍梨 明治43年1月23日(1910年 61歳 近藤氏
47祖 日城 閻浮阿闍梨 昭和31年8月10日(1956年 88歳 足立氏

石見・法蔵寺31代

山城・顕壽院20代

48祖 日誨 勇圓院 昭和42年4月12日(1967年 87歳 高橋氏

摂津・玉出正福寺25代

49祖 日認 智正阿闍梨 昭和63年2月29日(1988年 78歳 原氏

丹後・常徳寺29代

丹後・妙受寺23代

50祖 日運 三承阿闍梨 昭和60年11月7日(1985年 79歳 高見氏

出雲・通園寺14代

出雲・慈眼寺23代

51祖 日有 裕乗阿闍梨

裕乘院

令和6年2月13日(2024年) 96歳 嘉儀氏

山城・実報寺より晋山

52祖 日遠 如泉阿闍梨 令和6年9月7日(2024年) 丹治氏

岩代・佛眼寺より晋山

53祖 日求 岩崎氏

丹後・長福寺より晋山 大学頭

境内

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  • 本堂 - 安永3年(1774年)3月15日再建。1987年昭和62年)から大修理が行われ、1989年平成元年)10月13日に完了している。扁額「玄宗極地 本時上行 扶桑恵日 長照閻浮」は要法寺三十世日良上人の筆。
  • 開山堂 - 天保元年(1830年)11月20日再建。新堂と呼ばれていたが、1915年大正4年)に開山堂に名称が改められた。1988年(昭和63年)から大修理が行われ、1989年(平成元年)10月に完了した。
  • 清涼池
  • 救済橋 - 安永7年(1778年)築。
  • 鐘楼堂 - 元文2年(1737年)12月再建。梵鐘は正徳元年(1711年)造立。
  • 庫裏 - 1996年(平成8年)8月再建。
  • 大書院 - 1996年(平成8年)8月再建。
  • 対面所 - 1996年(平成8年)8月再建。
  • 客殿 - 1996年(平成8年)8月再建。以前の客殿は1780年(安永9年)に建てられたものだったが、1960年(昭和35年)に焼失した。
  • 庭園 - 1996年(平成8年)作庭。
  • 薬医門(書院門) - 安永8年(1779年)3月建立。
  • 西門 - 安政4年(1857年)4月に現在地に移築。そもそもは伏見城の門であったという。1996年(平成8年)8月に修理された。
  • 山門 - 享保9年(1724年)4月に現在地に移築。そもそもは伏見城の聚楽門であったという。
  • 塔頭
    • 妙種院
    • 真如院
    • 本地院
    • 本行院
    • 顕寿院
    • 実成院
    • 法性院

文化財

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重要文化財

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年中行事

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交通

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  • 京都市営地下鉄東山駅1番出口 徒歩3分
  • 駐車場あり

関連項目

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外部リンク

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座標: 北緯35度0分37.6秒 東経135度46分37.7秒 / 北緯35.010444度 東経135.777139度 / 35.010444; 135.777139