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Link to original content: http://ja.wikipedia.org/wiki/トビアスと天使_(ヴェロッキオ)
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トビアスと天使 (ヴェロッキオ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『トビアスと天使』
イタリア語: Tobiolo e l'angelo
英語: Tobias and the Angel
作者アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房
製作年1470年 –1480年
種類卵テンペラ、板(ポプラ材
寸法83.6 cm × 66 cm (32.9 in × 26 in)
所蔵ナショナル・ギャラリーロンドン

トビアスと天使』(トビアスとてんし、: Tobiolo e l'angelo, : Tobias and the Angel)は、イタリアルネサンス期のフィレンツェの画家アンドレア・デル・ヴェロッキオ[1]工房が1470年から1475年頃に制作した祭壇画である[2]テンペラ画。主題は『旧約聖書外典の「トビト書」で語られているトビアスと大天使ラファエルの物語から取られている。ヴェロッキオの『キリストの洗礼』(Battesimo di Cristo)と同様に、当時ヴェロッキオの弟子であったレオナルド・ダ・ヴィンチの筆が入っていると指摘されている。現在はロンドンナショナル・ギャラリーに所蔵されている[2][3]

主題

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アッシリア捕囚の時代、アッシリアに連行されたユダヤ人の中にナフタリ族出身のトビトという男がいた。トビトは父祖の信仰と習慣を守り続けていたので、彼が盲目になったとき、神はトビトを癒すために大天使ラファエルを遣わした[4]。ラファエルは地上にやってく来るとトビトの親戚に変装し、彼の息子トビアスが借金の返済を受け取るためにメディアまで旅をする際の道案内を引き受けた[5]。そこでトビアスは相手が天使とは気づかずに犬を連れて彼とともに旅に出た[6]。彼らがティグリス川のほとりで野宿したとき、1匹の魚が水面から飛び上がった。トビアスはラファエルに促されて魚を捕まえ、その腹を開き、心臓肝臓胆嚢を取り出して取っておき、残りを焼いて食べた。ラファエルが言うには心臓と肝臓を火で炙った煙で悪霊を追い払うことができ、胆嚢は眼病を癒すことができるという[7]。その後、トビアスはエクバタナの女サラに取りついていた悪魔アスモデウスを魚の心臓と肝臓を炙った煙で追い払った後に、彼女と結婚した[8]。ラファエルはエクバタナを離れることができないトビアスの代わりにメディアに行って借金の返済を受け取って戻ってきた[9]。その後、トビアスはニネヴェに帰り、魚の胆嚢の胆汁で父の目を癒した[10]

作品

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アントニオ・デル・ポッライオーロの『大天使ラファエルとトビアス』。1465年から1470年頃。サバウダ美術館所蔵。

若いトビアスは先導する大天使ラファエルの後ろを歩いている。トビアスは右手をラファエルの左腕に回し、背後を振り向いている天使と視線を交わしている。画家はトビアスの背後に風にはためくマントを描くことで、軽快に勢いよく歩く人物像を表現している[2]。「トビト書」はラファエルがトビアスの親戚に変装したと語っているが、ラファエルはここでは翼のある天使の姿で描かれている。トビアスは左手の掌の中に「リコルド」(ricordo)と記され、小さく丸められた返済された借金の領収書を持ち[2][3]、さらに同じ手の人差し指に魚を結びつけた紐を引っ掛けている。魚の腹に見える赤い線は、切り開かれて内臓が取り除かれていることを示している[2]。一方でラファエルが右手に持った小さな箱は、除去された魚の内臓のうち胆嚢を取り分けて、トビトの失明を治癒するための薬として保管していることを示している[2][3]

構図は同じくフィレンツェの画家アントニオ・デル・ポッライオーロが本作品よりも早く制作した同主題の絵画『大天使ラファエルとトビアス』(L'Arcangelo Raffaele e Tobiolo)と密接に関係している[11][3]。絵画の大部分はヴェロッキオの工房で働く画家たちによって描かれたらしく、場所によって品質に劇的な変化が見られる。大天使とトビアスの左手のポーズはほとんど同じであり、おそらく同じ図像を正確にコピーしたものと考えられる。対して光を反射する魚の鱗の緻密な描写は綿密な観察に基づいて描かれたことを示している[2]

オックスフォード大学美術史家マーティン・ケンプ英語版は、当時ヴェロッキオ工房の一員であったレオナルド・ダ・ヴィンチが魚の部分を描いた可能性があると指摘している[12]。またワシントンナショナル・ギャラリーのデイヴィッド・アラン・ブラウンは、ふわりとした毛並の小型犬もレオナルドの筆によるとしている[13]。さらにトビアスの髪や袖などにも同様の指摘がされている[3]。これらの指摘が正しいとすると、本作品はおそらくレオナルドが制作に携わった現存する最古の絵画ということになる[13]

これらのレオナルドが描いたとされる箇所のうち、小型犬や魚の鱗に背後の風景が透けて見えることから、納期間際に追加されたと考えられる[2]

帰属についてはイタリアの美術史家の間で揺れが見られる。一説によると本作品は若いペルジーノ、あるいは1470年代のヴェロッキオの自筆画であるとも主張され、最近では1470年代初頭にヴェロッキオの弟子であったドメニコ・ギルランダイオによって描かれたと主張されている(Covi, 2005)[3]

来歴

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絵画は19世紀にフィレンツェのアンジョロ・ガリ・タッシ伯爵(Conte Angiolo Galli Tassi, 1792年-1863年)のコレクションとなっていたことが知られており、伯爵が死去した1863年にフィレンツェのサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院英語版に遺贈されている。本作品がポッライオーロの作品としてナショナル・ギャラリーに収蔵されたのは1867年のことである。1888年以降、ヴェロッキオ派あるいはヴェロッキオの工房に帰属されている[3]

ギャラリー

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おそらくレオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれたとされる部分

脚注

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  1. ^ Michael Wilson 1977, p.42.
  2. ^ a b c d e f g h Workshop of Andrea del Verrocchio, Tobias and the Angel”. ナショナル・ギャラリー公式サイト. 2022年10月30日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g Verrocchio”. Cavallini to Veronese. 2022年10月30日閲覧。
  4. ^ 「トビト書」3章16-17。
  5. ^ 「トビト書」5章1-6。
  6. ^ 「トビト書」5章16。
  7. ^ 「トビト書」6章1行‐8行。
  8. ^ 「トビト書」8章。
  9. ^ 「トビト書」9章。
  10. ^ 「トビト書」11章11-14。
  11. ^ David Allan Brown 1998, pp.47–50.
  12. ^ Martin Kemp 2011, p.251.
  13. ^ a b David Allan Brown 1998, pp.47–56。

参考文献

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  • 旧約聖書外典(上)』関根正雄編「トビト書」新見宏訳、講談社文芸文庫(1998年)
  • Wilson, Michael (1977). The National Gallery, London. London: Orbis Publishing Limited. p. 42. ISBN 0-85613-314-0. https://archive.org/details/nationalgalleryl00wils/page/42 
  • Kemp, Martin (2011). Leonardo: Revised Edition-Martin Kemp-Google Books. Oxford: Oxford University Press. p. 251. ISBN 978-0-19-958335-5. https://books.google.com/books?id=TyFgNvsYNc0C&q=martin+kemp+tobias+and+the+angel&pg=PA251 31 May 2015閲覧。 
  • Brown, David Allan (1998). Leonardo da Vinci: Originss of a Genius-David Alan Brown- Google Books. New Haven and London: Yale University Press. pp. 47–56. ISBN 0-300-07246-5. https://books.google.com/books?id=z34SeyFWV8oC 

関連項目

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