キャッシュレス社会
キャッシュレス社会(キャッシュレスしゃかい、英: cashless society)は、物理的な通貨媒体(紙幣・貨幣)を直接購入の決済に使用せず、クレジットカードや小切手、電子決済(電子マネーなど)を用いて決済を行う、現金不要社会である[1]。 その実現には、コンピューターの利用によるリアルタイムでの決済関連情報の確認・利用ができるシステムが必要とされる[1]。
メリット
編集キャッシュレス社会のメリットとして、以下のような点が挙げられている。
- 現金という「現物」を製造、流通させることで発生しているコストの削減[2][3]。ユーザー側は、現金を引き出すためにATMまで出向く手間と時間、手数料の削減[4][リンク切れ]。
- 現金決済に伴う付帯業務(集金、集計、管理、領収書の発行・保管、ATM設備費、暗号通貨におけるブロックチェーンの追加時の計算など)を減らすことによる作業の効率化、省力化[2][5]。
- 資金決済の透明性の確保。匿名性が高く、使用履歴の残らない現金と比較して、不正な蓄財、脱税、マネーロンダリングといった犯罪を防ぎやすい[2][3]。
- 現金目当ての強盗が成立しない[2][5]。
- 犯罪の抑止効果。決済トラブルを起こした利用者をシステムから排除し、電子決済できなくすることができる[2]。
- インターネットを用いた売買の決済手段としての利便性[5]。
- 海外旅行時の決済手段として。また現金の両替の手間や、現金を持ち歩くリスクの軽減[5]。
- 紛失時などに利用停止の申請が可能であったり、不正利用された際に補償が行われることもある[6]。
デメリット
編集キャッシュレス社会のデメリットとしては、以下のような点が挙げられている。
- 決済事業者(カード会社や暗号通貨の取引所)が異なると取引が困難である。
- 使用できる店舗が限られる[5]。
- 利用店舗側に決済手数料がかかる[5][6]。
- スキミングやハッキングなどのリスク[5][6]。
- 通信手段が使えない状況だと使えなくなる場合が多い[5]。(フロアリミット以内なら通信手段を失ってもインプリンタが店舗にあれば決済可能。フロアリミット以上の決済でもカード会社に電話が通じれば決済できる)。
- 天災・事故・テロ等によるインフラ障害に弱い。2018年9月6日に起きた北海道胆振東部地震の際には、停電によってクレジットカードや電子マネーでは決済が行えなかった[6]。また、移動体通信事業者の大規模障害で、決済が停止する事例も度々発生している[7]。
- 決済完了までの速度が遅く(その場で終了しない)、確実に完了できるとは限らない[3]。
- 決済のためのインフラストラクチャーが必要[3]。
- 着金まで時間を要し資金繰りに影響が出る[8]。
- 決済手段を持たない外国人が利用できない[9]。
主要国の状況
編集以下の統計は参考値として解釈すべきである。データの算出方法にはSwishのようなアプリを通じた銀行間の直接送金が含まれないため、スウェーデンのようにキャッシュレス化が進んでいる国の数値が実態よりも低く表示される傾向がある[10]。
国 | 2015年[11] | 2016年[12] | 2020年[13] |
---|---|---|---|
大韓民国 | 89.1% | 96.4% | 93.6% |
中華人民共和国 | 60.0%[14] | — | 83.0% |
カナダ | 55.4% | 56.4% | 56.1% |
イギリス | 54.9% | 68.7% | 63.9% |
オーストラリア | 51.0% | 59.1% | 67.7% |
スウェーデン | 48.6% | 51.5% | 46.3% |
アメリカ合衆国 | 45.0% | 46.0% | 55.8% |
フランス | 39.1% | 40.0% | 47.8% |
インド | 38.4% | 35.1% | — |
日本 | 18.4% | 19.8% | 29.8% |
ドイツ | 14.9% | 15.6% | 21.3% |
北ヨーロッパ
編集スウェーデンやノルウェーなど北ヨーロッパ諸国は「キャッシュレス先進国」とみなされている[15][16][17]。
日本の経済産業省の調査によれば、スウェーデンは1990年代前半のバブル経済崩壊後の金融危機や治安悪化への懸念から、キャッシュレス化を推進し、デビットカードの普及やATMの撤去を行った[18]。2010年代のスウェーデンでは、通常の買い物のみならず、親から子供への小遣いや貧困層支援雑誌の街頭販売など、幅広い場面で電子決済サービスのSwishが利用されており、現金での決済を拒否する店も多い[15]。ただし、Swishは主に個人間送金で利用されており、店頭決済における利用はさほど進んでいないため、キャッシュレス社会への貢献度はわずかであるという指摘もある[19][リンク切れ]。
ノルウェーにおいては、2018年に中央銀行の副総裁が「ノルウェー社会はキャッシュレス社会だと言ってもよい」と発言し、現金による取引は全体の10%以下であると述べた[17]。
現在北ヨーロッパ諸国では、キャッシュレス決済が主流となって現金がほとんど流通しておらず、子供や若者が現金を知らないと言われるほどの状況となっており、その背景には気候的に冬季の現金輸送が困難であるという点も一因となっている。
ロシア
編集スベルバンクの傘下の分析機関であるスベルインデックスは、2021年第一四半期のロシア国内でのキャッシュレス決済比率は59.4%に達したと発表した。地域別にみると、 1位はネネツ自治管区の72.8%で、2位はカレリア共和国の67.7%、3位はムルマンスク州の67.3%であり、首都モスクワおよびモスクワ州は61.9%で24位、第二の都市サンクトペテルブルクおよびレニングラード州は64.9%で10位であった。1位のネネツ自治管区では、地元政府が遠隔地における住民サービス向上を目的に2015年以降、店頭での決済端末の設置支援など、キャッシュレス普及に努めてきた結果、自治管区内の多くの店舗でキャッシュレス対応が可能になっている[20]。
中国
編集中華人民共和国では、1997年から香港が中国への返還直後に非接触型決済の先駆けである八達通を導入して人口の100%近くが利用していたが[21]、2010年中頃から中国本土ではスマートフォンを使用したQR・バーコード決済(アリペイや微信支付など)が急速に普及した。中国支払清算協会によれば、週に1回以上モバイル決済を利用する者の割合は2016年の60%から1年で2017年には98%にまで増加している[22]。
中国で急速にキャッシュレス社会が進展した理由としては、パソコンの普及率が低かった中国において爆発的にスマートフォンが普及し(リープフロッグ型発展)、様々なサービスがスマートフォンに集約され、その入り口としてモバイル決済サービスの利用が急速に広まったことが大きいと指摘されている[23]。また、人民元の偽札問題[24]、政府による個人情報管理の効率化[25][26]、人民元の最高額紙幣は100元で、高額紙幣がないことも一因の一つとされる。
2017年からは、アリペイが顔認識で決済するシステムをサービス開始した。客がカメラに顔を向けるだけで支払いが終わるという、スマホを使わないスマホレス決済である[27]。
2023年時点ではキャッシュレス決済が普及し現金決済が少なくなったが、キャッシュレス決済では中国の銀行口座や電話番号と紐付けされているアカウントが必要になる場合もあり、外国からの旅行者は逆に不便な状況である[28]。成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地や青城山のように外国人の入場に制約が発生した観光地もあり、対応は係員や店員の好意に頼る状況となっている[28]。
インド
編集インドでは第18代首相ナレンドラ・モディが率いる内閣が2016年に高額紙幣を廃止し、デジタル経済、キャッシュレス経済への移行を推し進めている[29]。
この高額紙幣廃止以前はインドにおける商取引のうち、銀行やノンバンクを経由するデジタル取引、キャッシュレス取引は20%であった[30]。
高額紙幣の廃止によって、現金取引の多い小売り業、消費財に関連する産業、2輪車販売、農村部などでは大幅な需要減となっているが、一方で高額紙幣の廃止は、名目GDPの25%を占めるとも言われている「ブラックマネー」の捕捉、締め出しや偽札対策となり、脱税や不正蓄財を生みやすいインドの現金依存経済の脱却を目標としている[29]。
また、デジタル経済、キャッシュレス経済への振興策として、国営保険会社の保険料をオンライン支払いの場合は8%から10%割り引く措置や、一般企業の給与支払いのキャッシュレス化を閣議承認したり、ニティン・ジャイラム・ガドカリ道路交通相が高速道路の料金徴収を100%電子化する発表を行っている。インド国営石油会社のガソリンスタンドでは2016年12月中旬から、クレジットカードやデビットカードでの支払いでガソリンや軽油を購入する場合には0.75%割引を開始しており、2017年1月からは割引は家庭用LPGにも拡大している。国有のインド鉄道も2017年1月から乗車券をクレジットカードやデビットカードで購入する際には1%の割引を行っている[29]。こういったデジタル支払い優遇の動きは国だけではなく、各州にも広がっている[29]。
インドでは、2017年7月の時点でインド人口の99%以上にあたる11億6000万人近くが登録している国民識別番号のアドハーの発行と、「国民金銭計画(ジャン・ダン・ヨジャナ)」によって農民や貧困層などの2.6億人が新たに銀行口座を開設できたことも、こういったキャッシュレス社会への後押しとなっている[29]。ただし、こういった新規開設された銀行口座の約25%は残高ゼロであり、農村世帯の約3割は電気のない生活を送っている[30]。
新紙幣が出回れば、インド経済の成長は復調すると考えられているが、インド政府が掲げるデジタル経済、キャッシュレス経済への本格的な移行までには時間を要するという見方が強い[30]。
アメリカ合衆国
編集アメリカ合衆国では、ほとんどの商店でクレジットカードやデビットカードによる支払いを受け入れている[31]。
現金による支払いよりも、カードによる支払いを低額にすることで、カード払いが広まった[31]。一例としてアメリカのある航空会社では手荷物1つにつき、現金では30ドルだが、カード払いだと25ドルに価格が設定されている[31]。これは、現金による支払いには、現金の集計と現金を管理するための費用が発生するからである[31]。
北ヨーロッパ型のキャッシュレス化では、スマートフォンから銀行口座に直接アクセスし取り引きを行うのに対し、アメリカ型や日本型はクレジットカードを経由して銀行口座にアクセスする仕組みであることが多い[32]。大前研一は、安くはない決済の手数料が発生するクレジットカードは今後、無用化するのではないかと予測している[32]。
なお、個人間送金アプリも普及しているものの、普及の背景は北欧と異なるといったことが指摘されている[33]。
日本
編集給与の受け取り
編集給与に関してのキャッシュレス化は進んでいる。KDDIによる調査によると、89.5%が銀行振込の形で受け取りを行っている[34]。
預貯金、金融
編集日本ビクターは自社のステレオシステムを販売する為のローンの『ビクターローン・システム(銀行ローン、.ニッパーLプラン)』で「キャッシュレス時代の購入プラン」という言葉を4チャンネルステレオ製品である『CD-4』のパンフレットで使っている[35][出典無効]。
現金の資産もタンス預金の様な手段ではなく、銀行などの金融機関での預貯金の形で持っており(法律上は「消費寄託」という)、銀行は顧客から預かった現金そのものは直接保管しておらず、キャッシュレスとして内部の帳簿上に金額を記録して保管している。そのため、入金時と出金時では異なった現金(紙幣の場合は「記番号」が異なる)である。
決済
編集北ヨーロッパ、中国、アメリカと比較した場合、決済に関する日本のキャッシュレス社会への移行は遅れている。キャッシュレス決済が普及しにくい主な要因として、偽札の流通が少なく現金への信頼度が高いことやATMの利便性が高いなど日本の社会情勢が挙げられており[36]、2017年12月に行われた博報堂生活総合研究所の調査によれば、キャッシュレス社会への賛否はほぼ拮抗する状態であった。キャッシュレス社会に否定的な意見として、現金を持たないことによる金銭感覚の麻痺を危惧するものが多かった[37]。
原因の1つとして、カード決済に対応していない店舗が少なくないことが挙げられる[3]。2017年時点の経済産業省の資料によれば、主なサービス業におけるカード決済が可能な割合は、スーパーマーケット71%、フランチャイズ店63%、タクシー51%、旅館90%となっている[3]。
また、医療業界のキャッシュレス化も遅れており、病院のカード決済の導入率は49%、診療所では16.5%となっている。[38]
データは無いが、小規模な商店や飲食店はさらに低い水準にあると推察されている[3]。カード決済を行うための信用照会端末に伴う初期投資が少なくないことと、売掛金の入金タイミング、決済ごとに店舗側に発生する手数料負担が大きな足かせとなっている[3]。ただし、これを商機と見て、安価な簡易的カードリーダーの提供を行うことで、店舗の初期投資を減らし、カード決済の導入を促す企業も存在している[3]。
一方で、日本における電子マネー向けICカードの発行枚数は2017年時点で3億5,000万枚を超えており、電子マネーの利用額は世界的に見ても日本が突出して大きい状況になっている[3]。交通系電子マネーではSuicaが6,670万枚、流通系ではWAONが6,450万枚、nanacoが5,350万枚となっており、Suica、WAON、nanacoを合わせると国民の2人に1人が持っている状況となっている(2017年時点)[3]。また、Tポイント、Ponta、楽天スーパーポイント、dポイントに代表されるようなロイヤリティポイントも、日本においては貨幣的な役割を果たしている[3]。
日本においては、2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」において、2027年までの10年間で「キャッシュレス決済比率」[注 1]を4割程度にまで増加させる方針を示す[40] など、政府はキャッシュレス化を推進しているものの、2016年時点で「キャッシュレス決済比率」は20.0%にとどまっており、他国と比較してキャッシュレス決済が普及しにくい状況にあると考えられている[41]。
日本国政府が公表するキャッシュレス比率に対し、公益財団法人NIRA総合研究開発機構が実施したアンケート調査において、「キャッシュレス決済比率とは、〔現金を利用しないすべての決済手段により支払われた消費支出の合計〕を〔全体の消費支出〕で除したものとして試算した場合、全体のキャッシュレス決済比率は51.8%となった」と公表している[42][リンク切れ]。
2018年に起きた北海道胆振東部地震の際には、停電によってクレジットカードや電子マネーでは決済が行えなかった[6]。地震その他、大雨洪水など自然災害の非常に多い日本において、キャッシュレス社会の推進には、非常用電源の確保をはじめ、さまざまな対策を講じる必要がある[6]。
2019年シーズンからは、楽天が運営している楽天生命パーク宮城とノエビアスタジアム神戸で、支払い完全キャッシュレス化を発表した。これにより、現金の使用が一切できなくなった(楽天グループ#スポーツ興業における完全キャッシュレス化参照)。
2021年11月に五百円バイカラー・クラッド貨の発行、2024年7月に日本銀行券のF号券が発行されたことに伴い、既存の自動券売機の買い替えや認識装置の改修作業による設備更新が起き、それらへの対応が遅れる懸念を含め、これを機会に一部設備に導入、または完全キャッシュレス化に移行する判断を下した店舗の動きもあり、キャッシュレス社会の促進につながっている。
韓国
編集韓国ではキャッシュレス化が大いに進み、電子決済が現金決済より圧倒的に多い状況となっており、特に利用額に対する所得控除があるクレジットカードの決済が多い傾向にある[43]。韓国では、最高額紙幣が50,000ウォン(日本円で約5,000円程度)なのも、キャッシュレス比率が高い要因である。ただし、屋台など現金しか使えない場所もまだ残っている。
イラン
編集イランでは経済制裁の影響で2014年頃からのインフレにより現金で買い物をすると札束が必要になるため、デビットカードによるキャッシュレス決済が浸透した[44]。現金決済を拒否する店もある[44]。
国・地域による差
編集世界を見渡すと、前述のようにスウェーデン・デンマークなどの北ヨーロッパ諸国や、中国・韓国など、キャッシュレス決済が主流となって現金がほとんど流通しておらず、子供や若者が現金を知らないと言われるほどになっている国・地域もあれば、いまだに現金決済が主流となっている国・地域もある。
いまだに現金決済が主流となっている国や地域は、前述の日本(82%)のほか[45]、スペイン(87%[45])、イタリア(86%[45])、ドイツ(80%[45])、フランス(68%[45])、スイス、台湾、香港などが挙げられる。
脚注
編集注釈
編集出典
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関連項目
編集外部リンク
編集- キャッシュレス決済の動向 ―我が国と諸外国の現状― (国立国会図書館 調査と情報―ISSUE BRIEF― 第1066号(2019. 9.26))
- キャッシュレス(METI/経済産業省)