「脱炭素社会」のかけ声のもと、世界中で政財官の多くの面々が突っ走っている。だが、もっとも先鋭的なドイツでさえ、20年にわたった「エネルギー革命」の成果はお寒い限りで、いまだに化石燃料を大量に燃やしている。それもそのはず、現代文明を維持する4本柱「セメント、鋼鉄、プラスティック、アンモニア」の生産において、脱炭素化のメドはほぼ立っていないのだ。※本稿は、バーツラフ・シュミル著、柴田裕之訳『世界の本当の仕組み エネルギー、食料、材料、グローバル化、リスク、環境、そして未来』(草思社)の一部を抜粋・編集したものです。
電気エネルギーで旅客機が
大陸間を飛ぶ未来はいつ来る?
電池を動力源とするワイドボディのジェット旅客機は、あとどれほどで大陸間を飛行するようになるのか?ニュースの見出しは、飛行の未来は電気だ、と請け合う。ターボファンで燃焼させるケロシンと、仮想上の電気飛行機に搭載されるだろう、今日の最高性能のリチウムイオン電池のエネルギー密度の間の途方もない隔たりを、呆れるほど無視して。
ジェット旅客機の動力源であるターボファンエンジンは、1キログラム当たりほぼ1万2000ワット時に相当する46メガジュールのエネルギー密度を持つ燃料を燃焼させ、化学エネルギーを熱エネルギーと運動エネルギーに変換するのに対して、今日の最高のリチウムイオン電池でも1キログラム当たり300ワット時未満しか供給できない。つまり、40倍以上の違いがあるのだ。
たしかに、モーターはガスタービンのおおよそ2倍も効率的なエネルギー変換器であり、そのおかげで実質的なエネルギー密度のギャップはわずか20倍ほどだ。だが、過去30年間に電池の最大エネルギー密度はおよそ3倍にしかなっていない。
だから、仮に再び3倍にできたとしても、2050年にエネルギー密度は依然として1キログラム当たり3000ワット時をはるかに下回り、ケロシンを燃料とするボーイングやエアバスの飛行機で何十年にもわたって毎日してきたように、ワイドボディの飛行機をニューヨークから東京へ、あるいはパリからシンガポールへ飛ばすには、とうてい足りない。
脱炭素運動を本気で進めれば
文明を支える4本柱の生産が止まる
そのうえ、現代文明を支える4本柱とも言える素材の生産に、電気だけでエネルギーを供給するような、すぐに導入可能な商業規模の代替手段はない。つまり、たとえ再生可能電気の豊富で信頼できる供給があったとしてさえ、セメント、鋼鉄、プラスティック、アンモニア(編集部注/現代社会は、これら4品の大量生産なしには成立できない)を生産するための、新しい大規模なプロセスを開発しなくてはならないのだ。